隠し部屋 |
高級ホテルのとあるフロアには化粧室ばかりがずらりと並んでいた。そのうちの一室に入ってみようとすると、個室ドア前に焼かれた魚が二尾、揃えて並べて置いてある。私は中に入るのを躊躇った。その部屋を避け隣の部屋へ行ってみると、そこにもまたドア前に焼かれた魚が二尾、きっちりと頭を左にして横たえている。その隣も、そのまた隣も、どこも同じ状態だった。改めて遠目にフロア全体を眺めると、それは摩訶不思議な光景で、まるで万華鏡か合わせ鏡を覗いたときのようだった。
化粧室の番人が立っている。これでは中に入ることができないと訴えるが、番人はただ黙って自分の立ち位置に立っているだけだ。しかたがないので、私は階下へ降りることにした。階下への階段は恐ろしく急で、階段というよりも壁に張り付いた梯子と呼ぶに相応しい。見下ろした先は遠く霞がかり、その先にある奈落の底を想像させては恐怖を誘った。どうしようもなく、その階段を睨んでいると、段と段の間にある隙間から光が差していることに気が付いた。その小さな透き間ごしに、壁の後ろの隠し部屋が見えた。その発見にわたしは心躍らせ、どうしても其処まで行ってみたくなった。しかし、私は其処への行き方も、まして部屋への入り方も分らないことを悟って、またすぐにがっかりするのだった。 (11/03/04)