熊手のおばけ |
少し遅れて映画会に着いた私はフィルムの明かりを頼りにほの暗い鑑賞席を見渡した。空いていた席のすぐ後ろに恩師の姿を見つけたので、懐かしさに暫らく彼女の方を見つめていると、彼女もこちらを見返したが、その表情はすぐにひどく驚いた様子に変わった。
無言のままゆっくりと片手をあげた彼女は、私の背後の方を指差した。ちょうど何者かが私に襲いかかろうとしている所だった。
はっとして振り向くと、それは顔全体が巨大なカモノハシの爪ような形をした奇妙な生物だった。それが半ば私に覆い重なるかの様な格好になっている。しかし、それは乱暴ではなく、静かですらあった。ただ、不気味な姿とその重さに私は息苦しさを覚えた。
映写機が何かとても楽しげなシーンを映し出している。近くには正装をした子供達が行儀よくそれに見入っているが、こちらの怪奇には全く気づかない。
一呼吸おいてから、私は思い切ってその重たい熊手型の顔を両手で掴むと、扇を畳む要領でそれが窄まるかどうか試してみた。だが、襞の一本一本は恐ろしく頑固なバネで、またこの奇妙な生物も自分の顔を小さく畳む意志などまるで無いかようにこちらの圧力に反発をしている。
私はもう一度自分の鼻先に迫ったこの奇妙な生物の顔を眺めてみた。すると顔の奥のほうで小さな赤い眼が明滅している。その眼を凝視してから再び手に力を込めると、今度は熊手の襞はアコーディオンのように窄まった。私はそのまま力を込めて一気にそれを押しのけた。(3/20/2005)