Cat's street

柔らかい毛足の8本脚がそぞろ部屋から失踪した。慌てて表へ出るなり辺りを探し回ってみたものの、そこにはもはや二匹の茶虎の気配はない。通りすがりのひとりの紳士が、私の様子を見て声を掛けてきた。猫は、猫街へ行ったのでしょう――

猫街とは、一見すると民家の並ぶ町なみだが、そこに住まうものは実は殆どが猫であると言われている一廓のことである。私はそこへ行ってみることにした。

猫街では、扉や窓といった類は猫によって器用に開けられても、閉められることが決してないことから、家々の中の様子をすっかり見渡すことができた。玄関窓の向こう側には、確かに、黒毛玉や狐色のパンケーキ、赤毛の丸ぽちゃといったのが車座になって団欒している。日本間の畳の上で腕をカエルのように広げて寝転んでいる猫もいた。

わらわらと周辺を猫が行く中で、私は飼い猫の名を呼んでみた。すると、何処からともなく小太りの縞猫が目の前に現れて、まるで何事もなかったかのように、ぴょんと私の肩へ飛び乗った。それでも猫というものは、いつでもいとも簡単に人の手の中からするりと抜け出して行ってしまうものだから、私は肩に乗った猫を慎重に抱え直した。

猫を家まで連れて帰った後、私はふたたび猫街に戻って来た。もう片方の、ちょっと分裂気味な怖がりの一匹を探しに、暫く通りを歩き回ってみたのだが、とうとう彼女は姿を現さなかった。

同時に、私の中にはあるイメージが浮かんでいた。それは、私の呼び声に耳を傾けながらも、どこかの日本家屋の押入れの、ふかふかの布団にすまして座ったままじっと動かず、私が来るのをひたすら待つという、彼女お気に入りのかくれんぼをする姿なのだった。 (12/07/2005)


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